光と影の“日常器”——津田 清和の手仕事が語る余韻
David Craig
「器は、特別な日にだけ使うものではない」。津田 清和(きよかず・つだ)が繰り返し向き合ってきたのは、そうした当たり前を少しだけ揺らす硝子の“日用品”だ。光が当たる角度で表情が変わり、手触りには手仕事の痕跡が残る。酒を注ぐ時間、湯呑みにする暮らしの場面。その中心に彼の作品は静かに居る。
津田 清和は、兵庫(旧大阪府)生まれの硝子作家。関西大学法学部を卒業後、吹き硝子塾の修了を経て金沢・富山・奈良で研鑽し、2008年に奈良で独立した。金属箔や石粉など独自のテクスチャーで“光と影”を日常器に落とし込む。
| 項目 | 要点 |
|---|---|
| 名前 | 津田 清和(Kiyokazu Tsuda) |
| 生年・出生地 | 1973年、兵庫県(旧大阪府)生まれ |
| 学歴 | 1997年 関西大学法学部 卒業 |
| 硝子修了・研修 | 2001年 EZRA GLASS STUDIO「吹き硝子塾」修了 |
| 制作拠点 | 2008年以降 奈良県葛城で独立、制作拠点を移す |
| 制作テーマ | 「日常使いの器」/光と影、金属箔・石粉のテクスチャー |
| 例:代表作 | ラムネ瓢徳利、面取酒吞、八角酒瓶、面取ショットグラスなど |
| 主な展示 | 2018・2019・2021年 個展/2023年「さけうつわ」/2024年桃居(西麻布)など |
法学部から硝子へ——津田 清和の“転機”はいつ訪れたか
津田 清和の歩みは、順風満帆な作家物語というより、選び直しの連続に近い。1973年生まれで、兵庫県(旧大阪府)で育った。1997年に関西大学法学部を卒業している点が、まず目を引く。法律という強い枠組みの中で学んだ経験は、のちの造形に“規則”として残ったのだろうか、それとも“別の自由”を探す力になったのだろうか。
答えは断定できない。ただ、少なくともその後の決断が早い。2001年にEZRA GLASS STUDIOの吹き硝子塾を修了し、硝子制作の専門領域へ明確に踏み出した。ここで重要なのは、硝子が「趣味」から始まったのではなく、鍛錬の場を選んで技術側へ寄せていることだ。手仕事は、見た目の自由より先に、失敗の反復が必要になる。
金沢・富山・奈良——研修地が“器の性格”を作っていく
2002年には金沢の卯辰山工芸工房へ入所し、三年間の研修を積む。ここは硝子の世界でも、作家が身体で覚える期間になる。冷える時間、窯の熱、成形の勢い。そうした要素は机上の理解では埋めにくい。
次に津田 清和は2005年、富山硝子工房で勤務し、さらに技術の土台を固めた。金沢での研修が“作るための習慣”をつくり、富山での勤務が“作り続ける判断”を増やす。人は同じ作り方をしていても、温度や粘り、道具の癖で結果が変わる。研修地の違いは、その差分を見抜く目を育てる。
そして2008年、奈良県葛城で独立。制作拠点が奈良へ移ったことで、器の表情も少しずつ生活の近さへ寄っていく。以降は個人ワークショップで、日常向けの硝子器を制作する。展示会の“非日常”ではなく、工房での“毎日”に向けて選ぶ形が増えていくからだ。
日常使いの器——津田 清和が選ぶ“用途”の力
津田 清和が繰り返すテーマは「日常使いの器」。酒器だけではないが、酒の時間を器が支える作品は特に目立つ。たとえばラムネ瓢徳利、徳利、面取酒吞、八角酒瓶、面取ショットグラス、白瑠璃酒吞、角酒瓶、三者の融合など、形のバリエーションは豊かだ。
ここでのポイントは、器が“飾り”として完成していくのではなく、使う場面を想定して作られることだ。徳利や酒吞が手に触れる瞬間、光が器の面をなぞる瞬間。そうした体験が、器の中で完結するのではなく、生活のリズムに接続される。
同じ硝子でも、用途によって求められる透明度、重さの印象、口当たりの設計は変わる。津田 清和の作品は、その変化を恐れず、むしろ楽しんでいるように見える。使うほどに違いが増えていく設計。その感覚が“日常器”という言葉の中身を補強する。
光と影、金属箔と石粉——“ゆらぎ”を材料で実装する
津田 清和の作品を特徴づけるのは、光と影の扱いだ。単に透明にするのではなく、光が当たったときに見え方が変わる構造を狙う。ここに金属箔や石粉といった材料が入ってくる。
金属箔は反射や陰影の揺れを生みやすい。石粉は表面や内部に“粒”の気配を与え、光の散り方に違いを出す。結果として器は、見る角度が変わるたびに印象が更新される。静止画として美しいだけでなく、暮らしの中で時間と一緒に見え方が変化していく。
作家自身が追うのは「ゆらぎ」や「自然の美」。ただの詩的表現ではなく、手仕事の痕跡——いわゆる“痙攣”や余韻のようなもの——が作品に残る設計だという。器は完成した形で止まるのが常識だが、津田 清和は止めずに残している。そこに生命感が宿る、と彼は考えている。
器を通して人との関わりを深め、使用者と作家が共に感覚を共有できる作品を追求する——この姿勢が、材料選びと成形の判断に直結している。
展示の軌跡——個展と共同展が示す“作風の成熟”
津田 清和は、定期的に個展を重ねてきた。2018年、2019年、2021年に個展を開催している。こうした間隔の空き方は、単に販売機会のためではない。作品制作には、型を増やすだけでなく、素材の配合、表情の確認、失敗の回収が必要になる。数年単位で作品が育つからだ。
2023年には「さけうつわ」展で他作家との共同展示にも参加した。酒器の文脈で同時に並ぶことは、作家の個性が相対比較される。自分の“らしさ”が埋もれるのか、際立つのか。それを見極める場にもなる。
2024年は、桃居(西麻布)での個展が挙げられるほか、山本、杉山、ヤマハンギャラリーなどでの展示も実施した。ギャラリーごとに客層も空気感も違う。だからこそ、同じテーマ「日常使いの器」でも見え方が調整されていく。派手さよりも、触れたときの納得感が評価される場であることがうかがえる。
工房の場で分かること——ワークショップが“作風の近さ”を保つ
津田 清和は、2008年以降奈良を拠点に、個人ワークショップで日常向け硝子器を制作している。ここが単なる制作の場所に留まらない点が重要だ。ワークショップでは、鑑賞者が作家の手の近くに立つ。温度の上がり方や、成形の勢いが“言葉”ではなく“現場”で伝わる。
その距離感は、器の思想にも影響する。日常器は、完成作品だけでなく、使用後の時間まで含めて評価されるべきものだ。ワークショップでの経験が、使用者の生活に寄り添う発想を補強する。たとえば、重さの好み、洗いやすさの感覚、口当たりの微妙な差。そうした情報は、展示会の会話だけでは拾いにくい。
手仕事の痕跡を残す、という理念も、工房の距離があるからこそ成立しやすい。見学者が“痕跡の美しさ”を理解しやすくなるからだ。むしろ、作品が言い訳をせずに語れる。
“生活の境界を曖昧にする”という狙い——器が変えるのは何か
津田 清和が目指すのは、作品と生活の境界を曖昧にすることだという。これは派手な宣言に聞こえるかもしれない。しかし日常使いの器を作る以上、境界は最初から薄い。問題は、薄いままでは“ただの実用品”に戻ってしまうことだ。
彼の方法は、境界を薄くしつつ、薄さそのものに意味を持たせる。光と影、金属箔や石粉のテクスチャーによって、器は見た目の情報量を増やす。だから使用者は、食卓の上でふと立ち止まってしまう。注ぐ瞬間、飲む前の一呼吸。そこに“作品を見る時間”が生まれる。
さらに、手仕事の痕跡が残ることで、器は機械的な均一性から離れる。余韻がある。余韻は時間を要する。だから器は、時間が流れるほどに価値を増やす方向へ働く。生活の中で“今日も同じではない”感覚が育つ。津田 清和の器が、派手なインパクトではなく静かな持続力で人に残る理由は、ここにある。
Frequently Asked Questions
津田 清和はどんな作家ですか?
津田 清和は硝子作家で、日常使いの器を中心に制作しています。光と影、金属箔や石粉による独自のテクスチャーを活かし、器の“ゆらぎ”や自然の美を追求しているのが特徴です。
津田 清和はいつ独立しましたか?
2008年に奈良県葛城で独立し、以後は奈良を拠点に制作を続けています。
学歴や訓練歴はありますか?
1997年に関西大学法学部を卒業し、2001年にEZRA GLASS STUDIOの吹き硝子塾を修了しています。その後、卯辰山工芸工房(2002〜2005の研修・勤務)、富山硝子工房などで研鑽を重ねました。
代表的な作品にはどんなものがありますか?
ラムネ瓢徳利、徳利、面取酒吞、八角酒瓶、面取ショットグラス、白瑠璃酒吞、角酒瓶などが挙げられます。
どこで展示を見られますか?
個展として2018年、2019年、2021年の開催があり、2023年には「さけうつわ」展の共同展示、2024年には桃居(西麻布)での個展や複数ギャラリーでの展示が報じられています。
日常の食卓に、ゆらぎを置く——津田 清和の器が残す時間
津田 清和の硝子器は、暮らしの手触りを少しだけ変えます。光が当たった瞬間に現れる陰影。金属箔や石粉が作る粒の気配。飲むための容れ物でありながら、見てしまう。触れてしまう。そんな“使いながら鑑賞する”時間が、食卓の中心に静か