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色の裏側に潜む物語──大竹彩子の創作と“コラージュ”の現在地
色の裏側に潜む物語──大竹彩子の創作と“コラージュ”の現在地
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色の裏側に潜む物語──大竹彩子の創作と“コラージュ”の現在地

Writer Matthew Cannon

大竹彩子(おおたけ さいこ)は、鮮烈な色彩と日常の断片を、写真と絵画の間で“貼り合わせ”、時間や場所の輪郭を曖昧にしてしまう作家だ。求められているのは派手さだけではない。派手さの奥にある、観察の細部が作品の手触りを決める。

大竹彩子は、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズで学び、帰国後は東京を拠点に絵画・写真・コラージュ・壁画を横断する制作を続けています。2018〜2024年の個展(KINMEGINME、VIVITONE、COLOURIDERなど)を通じ、旅の記録や街のサインを色の構成へ変換し、日常の物語を浮かび上がらせます。

項目 要点
作家名 大竹彩子(Saiko Otake)
活動領域 絵画/写真/コラージュ/壁画/コラージュ写真集
生年 1988年
学歴 中央・セント・マーチンズ(ロンドン)2016年卒業
主な個展(例) KINMEGINME(2018)〜 VIVITONE(2023)〜 COLOURIDER(2024, ロッテルダム)
制作の特徴 1960年代サイケデリック・ポスター/旅の写真断片/色と構図の設計

大竹彩子とは誰か?色が“記憶”に変わる瞬間

大竹彩子は、いわゆる「きれいな作品」を並べるタイプの作家ではない。むしろ、色が最初に立ち上がり、その後で視線が“何が映っていたのか”を確かめるように誘導される。鮮やかなパレットは、装飾ではなく構成の骨格だ。

彼女の制作は、絵画と写真が別の媒体として同居しているのに留まらない。写真が貼られることで、絵画の空気が変わり、絵画があることで写真の断片が“物語”として組み替えられる。結果として、鑑賞者は同じ場所にいるのに、時間がずれていく感覚に近づいていく。

拠点は東京。そこに至るプロセスは、ロンドン留学という見取り図が大きい。2016年に中央・セント・マーチンズ(Central Saint Martins College of Art and Design)を卒業し、学びの幅と同時に制作の手つきを磨いたと考えられる。帰国後の作品の、情報量の多さと色の切れ味は、海外での視点が“日常を再編集する力”になっている。

セントラル・セント・マーチンズから東京へ:2016年がもたらしたもの

ロンドンの美術教育が必ずしも画一的な答えを与えるわけではない。むしろ、材料の扱い方、構成の考え方、そして「見ること」の訓練が、制作の判断基準として残る。大竹彩子の場合、その“判断基準”が色とレイアウトの設計に直結している。

中央・セント・マーチンズは、デザインやアートの接点が濃い場所として知られる。大竹彩子の表現には、写真の編集のような編集的思考、そしてポスターのような視覚言語への関心が早い段階から感じられる。ここが、のちの作品群の核になった可能性が高い。

帰国後、東京で活動を続けるなかで、彼女は旅の途中で見つけたものを“採集”するようになった。看板、壁の劣化、日用品のような身近な要素まで含めて、写真として収集する。採集がただの資料集めで終わらず、コラージュの中で再び意味を持つ。この往復運動が、彼女の制作を長期化させるエンジンになっている。

個展の軌跡(2018〜2024):タイトルが示す変調

大竹彩子の個展は、毎年のように続いている。頻度が高いからこそ、作品の方向性が単なる“成長記録”ではなく、テーマの切り替えとして見えてくる。タイトルの言葉も、音の感触やリズムを強く持ち、作品を見る前から心の準備をさせる。

2018〜2021:日本国内で積み上げた色の実験

2018年の KINMEGINME 、2019年の Samplings #09COSMOS DISCO は、サンプリングや宇宙的な感覚を示す語感で、断片と拡張を同時に匂わせる。2019年の段階から、旅の写真やポスター的な情報を“まとめる”だけでなく、“拡散する”方向が見える。

2020年の GALAGALA 、2021年の GALAGALAGALA へ進むと、音のようなタイトルが増える。目に入るものが増えるほど、視覚はノイズにも近づく。彼女はノイズを排除するのではなく、色の設計でノイズを“秩序”へ変える。

同じ2021年には UWAJIMA⇄TOKYO もある。場所の往復をタイトルで示すことは珍しくないが、彼女の場合、写真断片の貼り替えと同じく、場所のニュアンスが行き来しながら作品内で再配置される。東京で見えるものと、別の土地で見えるものが、同じ色のルールの下に置かれる感覚が出る。

2021〜2023:RETINAやWARPが示す“変換”

2021年の RETINA PALETTE は、網膜という単語を使うことで、見るための身体側に焦点を当てる。視覚の仕組みを作品のテーマにすることで、鑑賞者の目が“受け取る装置”から“参加する装置”へ変わる。

2022年の WARP TRIP では、ワープ(歪み・変形)と旅が結びつく。旅の記録は普通、時系列として残る。しかしワープという言葉が入ると、記録は時系列の安定を捨て、色や構図の変換によって別の時間へ移る。

2023年の VIVITONE は、生命感や調子(トーン)を感じさせる。大竹彩子の強みは、技術の高さよりも、色に“温度”があることだ。たとえば同じ赤でも、作品ごとに熱の出方が違う。色の違いが感情の違いを連れてくる。

2024年:ヨーロッテルダムで“COLOURIDER”

そして2024年、彼女の最初のヨーロッパでの個展として COLOURIDER がサトーギャラリー(Sato Gallery、ロッテルダム)で開かれている。ここで重要なのは、海外で評価されたという事実だけではない。旅を素材にする作家が、旅の視点を自分の外へ持ち出す段階に入った、という点だ。

ヨーロッパの展示文脈では、サイケデリックやグラフィックデザインの系譜が参照されやすい。大竹彩子は1960年代のサイケデリック・ポスターやグラフィックデザインから影響を受けるとされ、今回の海外展は、その参照可能性を鑑賞者が理解しやすい形で提示する機会になったといえる。

“何を素材にするか”:1960年代サイケデリックと旅のコラージュ

大竹彩子の制作には、1960年代のサイケデリック・ポスターアートとグラフィックデザインへの強い関心がある。サイケデリックは、色や模様の過剰さだけで語られがちだが、本質は情報のリズムにある。彼女はそのリズムを、絵画の筆致と写真の切り取りに同時に適用している。

素材としての写真は、単に「風景を撮る」ことではない。旅の途中で集める、ポスター、街のサイン、傷んだ壁、さらには浴室の備品のような日常の要素まで含むとされる。生活の場の物は、普段は気にされない。でも彼女の手にかかると、無名のものが視覚の中心になる。

その中心化の方法が独特だ。まず色と構図をスケッチする。次にキャンバス上で同時に絵画を進める。そして最後に、写真を選び、組み合わせ、時間と場所とトーンをぼかしていく。順番があるから、完成物の“偶然っぽさ”が生まれる。

貼り合わせは“時間の編集”でもある

コラージュは単なる合成ではない。複数の時間が同じ画面に置かれることで、現実の階段が崩れる。たとえば、劣化した壁の写真は“過去の老い”を運び、鮮やかなペイントは“現在の意志”を運ぶ。その両者が同じ面に収まった瞬間、観客は「どれが先か」を問うてしまう。

問うという行為こそ、彼女の作品が持つ小さな緊張感だ。明るい色でありながら、内容は軽くない。日常の小さな変化が、鑑賞者にとっては大きな出来事として立ち上がる。

写真集と大判フォーマット:15冊以上が示す“積み重ねの設計”

大竹彩子は、写真集の出版も積極的に行っている。情報として確認できる範囲では、15冊以上の写真集があるとされ、さらに大型のフォーマットや油彩、大きさのあるインスタレーションへ関心を広げている。

写真集の強みは、展示室で起きる一回性の体験を、読む時間へ変換できることだ。大竹彩子の写真集が“コラージュの延長”として成立しているのは、見開きのページ設計が、絵画と写真の関係に似ているからだ。ページをめくることで、色のリズムも断片の意味も少しずつ変わる。

彼女は油彩や三次元のインスタレーションにも取り組んでいるとされる。ここが興味深い。素材が増えても、結局は同じ問いに戻ってくるからだ。どうすれば“色”が単なる視覚情報で終わらず、見た人の時間に触れるのか。制作が複数の媒体へ拡張しても、問いは一貫している。

展示・出版の広がり:若手ポートフォリオや書店ギャラリーの文脈

作品は個展だけでなく、グループ展にも登場している。たとえば 2020 Young Portfolio(清里フォトアートミュージアム)では、若手のポートフォリオとしての文脈で大竹彩子の写真表現が紹介された。

また BS Channel ~ Black by Sister Channel は、Pearl Bookshop & Gallery での企画として知られる。書店とギャラリーが連なる場所での展示は、写真や紙媒体の価値が“手触り”として伝わる。彼女の作品が紙や編集を強く意識していることを考えると、この種の場は相性がいい。

さらに Out of Flora(gallery ART UNLIMITED)といったグループ展も挙げられる。ジャンルの枠を超える展覧会に継続的に参加している点は、彼女の表現が単なる「写真」や「絵画」だけで分類しにくいことを示している。

制作は“遊び”で始まり“配列”で終わる:父の影響と日常の観察

大竹彩子の表現が持つ温度感には、個人的な背景も関係しているとされる。父親の芸術への好奇心が影響したこと、また幼い頃からポスターや身近な物に触れていたことが、制作の入口になっている。

重要なのは、その影響が「好きだから作る」で止まらないことだ。作品には、観察の精度がある。街のサイン、劣化した壁、生活の隅。こうしたものを“普通”として放置せず、色と形の関係として読み替える。遊び心と、配列の厳密さ。この二つが同じ画面に共存している。

彼女の制作プロセスを想像すると、スケッチから始まり、同時進行でキャンバスを進め、最後に写真の組み替えで意味を仕上げる。最後の工程で、時間や場所の輪郭が曖昧になる。曖昧さは、手抜きではない。曖昧さが